EPISODE1

「ヒトがヒトである理由」を求めて
「多型」を司る第6染色体に着目

東海大学医学部の拠点となる伊勢原キャンパス。付属病院と隣接する医学部基礎医学系分子生命科学の猪子研究室を訪ねると、笑顔で「まずはこちらに」と廊下に案内された。壁に貼られているのは「The sequence of human genome」(ヒトゲノムの塩基配列図)〔図:1参照〕。ヒトゲノムとは、人間の生存に必要な遺伝情報全体であり、いわばヒトの設計図のこと。ヒトゲノムの本体は23対の染色体からなるDNAだ。DNAは、A(アデニン)、G(グアニン)、T(チミン)、C(シトシン)の4種類の塩基が組み合わさり、遺伝情報を構成する。これらの塩基はバーコードのように連なり、その中の4文字の「ならび方」に、ヒトという生命の謎が隠されているらしい。

ヒトゲノムは2003年4月に全ての塩基配列の解読が完了した。猪子英俊教授は米英日仏独中からなる生命科学の国際共同プロジェクト「ヒトゲノム計画」に関わった一人。日本では理化学研究所や東京大学医科学研究所、そして東海大学猪子教授グループなどがヒトゲノムを解析し、全塩基配列の読みとりに貢献した。さらに教授は「マイクロサテライト」という独自の遺伝子発見技術を開発。病気の原因遺伝子をより詳細に見つける新技術を築いた。ヒトゲノム解析の第一人者で国際的研究リーダーだが、権威ぶることなく、柔和なまなざしと衰えぬ好奇心を隠さずにこう解説してくれた。

「ヒトゲノムには約30億個の塩基が含まれています。チンパンジーとヒトはこのうちの98%が同じで、人間同士に至っては99.9%が同じ。つまり残り0.1%で個人差が生じることになります。さらに近年、この塩基で構成される遺伝子の中で、遺伝情報として意味のある遺伝子約2万3000個の存在が明らかになりました。しかし、この遺伝子がどこに位置するかは判明したのですが、それぞれがどのような役割を担っているか、まだ完全にはわかりません。私はかねてから、人が人である理由を知りたくてヒトゲノムを追究してきましたが、この遺伝子の中にまさにその謎を解く鍵があるのです」。

遺伝子内の一部の塩基配列が違えば、それが様々な違いとなって表れてくる。血友病のように100%遺伝的で特異な疾患の場合は配列の違いを「変異」と呼ぶが、例えば肌の色や目の色、身長、顔形といったありふれた個性を決定するような違いの場合は、それを「多型」と呼ぶ。

「ヒトは約30億個の塩基配列のうちの0.1%にあたる約300万個の『多型』の塩基配列を持っており、これがそれぞれの個性を決定していると考えられています。同時に、この『多型』を司る遺伝子が疾病にも大きく関わっていることがわかってきました」。

猪子教授は、人の個性を決定づける「多型」が23対ある染色体のうちの第6染色体に多いことを突き止めると同時に、その中の「HLA」(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球型抗原)に注目し、研究に打ち込んできた。

図:1 文部科学省発行「ヒトゲノムマップ」

2003年4月にヒトゲノム30億塩基の全ての配列の解読が終了したことを記念して、文部科学省が「一家に1枚ヒトゲノムマップ」として頒布しているゲノム地図。ゲノムについてのわかりやすい図と説明があり、また各染色体の重要な遺伝子についても解説もある。
興味のある方はhttp://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/week/genome.htm新しいウィンドウを開きますを参照のこと。

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