EPISODE1

なぜこの骨格はこの形状になるのか、マウスをモデルに因果関係を突き止めたい

東海大学医学部と付属病院、健康科学部のある伊勢原キャンパス。その充実した施設を有効に使い、自らのテーマのもと、研究スタッフや学生と一緒にひとつひとつの現象を丁寧に解き明かしているのが阿部幸一郎講師だ。医学部基礎医学系分子生命科学に所属し、専門は骨格系。

研究室を訪ねると、学生たちが実体顕微鏡をのぞき、マウスの胎児の骨格標本を調べている。阿部講師はそれを優しい表情で見つめ、丁寧に指導している。次いで案内された遺伝子工学実験動物研究センターでは、遺伝子操作や環境負荷などの実験によって背骨や椎間板が曲がったマウス、毛色が変わったマウスの成長や経過を観察している。

「子どもの頃から理科室の骨格標本なども好きでしたし、恐竜の化石や動物の骨格を見るのも好きでしたね。どうしたら、こういう形になるのか。生物の発生、その不思議を探るのがたまらなく好きでした」。

北里大学衛生学部(現:理学部)生物科学科を卒業後、熊本大学大学院でES細胞(胚性幹細胞)を用いた研究を行う。1990年代当時はES細胞によるノックアウトマウス(ある特定の遺伝子を欠損させて働かないようにしたマウス)を作製し、遺伝子の働きを調べることに注目が集まった時代。日本におけるその分野の第一人者・山村研一教授のもとで学位を取得した。

その後、大阪大学微生物病研究所の助手、東京工業大学大学院の研究員を経て、ドイツ留学を果たす。6年もの間、ドイツ国立GSF研究センター(現:Helmholtz Zentrum Münnchen)で、ENUミュータジェネシスと変異マウスの解析に関わる〔図:1参照〕。ドイツで公私共に世話になり、師事した今井賢治先生が東海大学に教授として赴任したことを機に、2006年より東海大学へ。今井先生は2008年に退職されたが、研究の場と方向性を与えてくれた師に感謝しながら、研究ユニット長を引き継いだ。留学中から現在まで、実験動物であるマウスをモデルとして、新規治療法・治療薬開発に向けた骨格系疾患のメカニズム解明に取り組んでいる。

研究テーマである「骨格系」とは、骨と骨組のこと。骨そのものはもちろん、軟骨や関節、靱帯、腱など、骨を取り巻く構造を含めて骨格系と呼ぶ。骨は人体の中でも一番硬い組織で、体を支えたり、内臓を保護したりする重要な役割を果たしている。

「骨格系は筋肉と連動して運動を可能にする、まさに体の根幹。特に腰痛、椎間板ヘルニア、骨粗鬆症、変形性関節症、関節リウマチなど、骨格系に関連する疾患はたくさんあり、高齢者をはじめ多くの患者さんが悩まれています〔図:2参照〕。しかし、そのほとんどの治療は対症療法で、根本的な治療に結び付いていません。これは、疾患の原因が遺伝子だけではなく、生活習慣や化学物質など環境要因が複合的に絡み合っているためです。これをマウスに置き換えると、一定の環境で飼育することで環境要因を排除することができ、その上遺伝子の操作で原因と結果が結びつきやすく、この現象に対する原因はこうだと特定しやすい。そこから人間の治療に活かせる知見を発見できるのではないかと考え、マウスをモデルとしています」。

図:1 マウスENUミュータジェネシスの概要

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(A)突然変異を誘発する変異原物質として用いたエチルニトロソ尿素、ENU(N-ethyl-N-nitrosourea)の化学構造式を示す。赤字で示したエチル基をDNA塩基へ転移することで、ゲノム中に高率で点突然変異を導入する。

(B) ENUを用いた優性突然変異スクリーン。雄マウス(G0) にENUを腹腔内投与することで、精子のもととなる精原細胞で突然変異が高率に誘発される。このマウスを交配して得られた仔 (G1)の異常を、様々な方法でスクリーニングする。正常とかけ離れた形質のマウス(Phenotype variant)は、その形質が遺伝するかどうかテストする。遺伝が認められば、変異マウス(Mutant)系統として維持する。

図:2 骨格系の発生・成長・維持・老化と各ステージにおける疾患例

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骨格系の発達は、Patterning(発生過程でのパターン化)、Growth-mineralization(骨化と成長)、Remodeling(骨代謝)、Aging-immune system(老化と免疫系)などのステージに分類される。それぞれのステージに関連した疾患を図の下側に示す。“Standards of Mouse Model Phenotyping”(Fuchs et al., WILEY-VCH社刊)より改変。

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