EPISODE2

ミズゴケは希少野生植物のゆりかご
新たな栽培方法で環境再生に活路を

星准教授が特に東海大学で力を入れて取り組み、成果を上げているのがミズゴケに関する研究である。
「ランの栽培などにも利用されるミズゴケは、日本でも33種類の野生種が存在します。しかし、全種が絶滅の危機に瀕しており、輸入に頼っているのが現状です」。

日本はかつてカナダから良質なミズゴケを輸入していたが、乱獲が横行し、カナダでも絶滅が危惧され輸出が禁止に。さらにミズゴケは二酸化炭素を生体内に固定することができるため、乱獲による湿原の消失は地球温暖化にも深刻な影響を及ぼしている。これまでミズゴケの栽培・養殖に成功した例はあまりなく、極めて難しい技術とされてきた。
「私たちはミズゴケの栽培法の確立をめざして、国内企業との共同研究に取り組み、2008年頃に初めて安定的な人工栽培・増殖技術の開発に成功しました。カナダでもほぼ同時期に、ミズゴケが乱獲された後の湿原を再生する手法が開発されましたが、それはあくまでも湿原で行われ、年間に2~3cm程度しか成長せず、回復に5~10年かかるものでした。それに対して私たちが開発したのは、水に発泡スチロール製のフロートを浮かべ、複数の穴から吸水できるようにする技術。短期栽培も可能です〔図:1参照〕」。

実際に、フロート上に乾燥ミズゴケの床を作ったうえでミズゴケを移植し、近隣の休耕田で2年間かけ25~30㎝程度生育することに成功。阿蘇キャンパスだけでなく、熊本市内の低密植栽培試験区においても実験を行い、どちらも各月ごとにミズゴケの増加が認められた。さらに、一定の個体数を有する集団で栽培を行うことで、山間部だけでなく都市部でも安定した栽培・増殖が可能であることを立証。屋上緑化や壁面緑化は建物にかかる土壌の重量が問題になりがちだが、フロートによるミズゴケ栽培は軽量のため建物への負荷が少ない。そのため都市のヒートアイランド現象の緩和にも、ミズゴケ栽培は有効であると期待が高まっている。

ミズゴケの特徴は、6つの葉緑細胞(細長い緑の細胞)に囲まれた内側に、ひとつの透明細胞(死細胞で空隙がある)を持ち、この中に水を蓄えることができること。トキソウやサギソウなどの植物は、ミズゴケがあることによって水分を吸収しやすくなり、成長が容易になることも明らかにした。
「ミズゴケ湿原には希少な食虫植物や地生ランが自生していますが、これらの多くはミズゴケ自体を土壌基盤としており、いわばミズゴケは希少野生植物のベッド、ゆりかご的存在です。つまり、ミズゴケ乱獲による湿原の消失は即、希少野生植物の絶滅につながりかねません。私たちのこの技術がミズゴケの大量栽培を可能にし、企業活動に活かすことができれば、国内で安価かつ大量に栽培ミズゴケを生産できます。ひいてはミズゴケ乱獲の抑止、絶滅危惧植物の絶滅回避にもつながるでしょう」。

人口約74万人を抱える熊本市は、古くから「水の都」と呼ばれてきた。キャンパスから徒歩約15分の距離にある学外水田を利用した研究も、学生たちと一緒に行っており、これは熊本市の環境を守ることにもつながるという。
「熊本市は、生活用水の全てを地下水でまかなう貴重な都市。しかし、減反政策や農家の高齢化に伴う離農によって、地下水の源となる水田が減少しており、地下水の枯渇が懸念されるようになりました。休耕田などでミズゴケの栽培が進めば、農家の収入増にもつながると共に、地下水涵養の促進、水質の浄化や地球温暖化対策にも効果があるはずです」。

図1:ミズゴケ栽培増殖用のフロート式基盤

図1:ミズゴケ栽培増殖用のフロート式基盤

30cm×30cmの軽量基盤に1.5cmにカットした頭状体(ミズゴケの先端部分)を植えつけるだけで、これまで非常に栽培が困難であったミズゴケを年間10cmほど安定成長させることに成功。1基盤につき80本程度の頭状体で1シーズン(その年の生育期間内)の緑化被度(植物で覆われた面積の割合)を100%にすることが可能である。

EPISODE3