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「人に不要なものはない」
不要とされていた組織に着目

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現在、わが国では約2400万人が腰痛を訴えているとされ、実際に診断や治療を受けたことがある患者数は800万人前後と報告されている。神奈川県伊勢原市にある東海大学医学部付属病院。ここの整形外科にも初診患者の3割近くが腰痛の悩みを抱えて訪ねてくるという。腰痛患者の多さに“何とかならないものか”の想いを強く持ち続けてきた持田讓治教授。同病院での診療はもちろん、東海大学医学部や大学院医学研究科の要職に就き、研究と教育の面でもリードし続けてきた。

「腰痛は原因が明確でない場合も多いのですが、原因がはっきりしている腰痛のうち、約3分の2は椎間板変性によるものです。椎間板は背骨の骨と骨の間にある軟骨系の組織で、体重を支えるクッションであり、背骨を動かす役割を果たします。特に動きが大きく、体重の重みがかかる脊椎下部(腰椎)の負担は最も大きく、この部分の変性が腰痛の大きな原因となっています」。

穏やかな人柄の中に、懐の深さを感じさせる。話ぶりは意気軒昂で、臨床はもちろん、研究や学会活動まで多くの対話を積み重ね、リーダーシップやプレゼンテーション力を発揮してきたのだろう。

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椎間板は非常にシンプルな構造で、持田教授曰く「温泉まんじゅう」のようなものだそうだ。周囲の厚い皮が「線維輪」と呼ばれ、その中心あんこに当たる部分に「髄核」がある。椎間板の変性が進むと、髄核が皮の部分である線維輪を突き破って外に飛び出し、神経を圧迫して腰痛や下肢痛を起こす。これが椎間板ヘルニアだ。

「通常、身体の組織が傷んだ場合、組織内にある自己幹細胞や骨髄の中にある間葉系幹細胞がこれを修復しますが、椎間板には血管組織がなく自己幹細胞なども存在しないと言われていたため、傷ついた組織を自ら修復することは不可能と考えられてきました。また、椎間板の変性がかなり進んだ場合には、ヘルニア腫瘤を取ると共に椎間板全体を取り出し、上下の椎骨をつなげる椎体間固定手術を行うことがあります。この手術法は優れていて、術後腰痛の心配が少なくなるのですが、椎間板部分を1カ所固定するとその隣にある椎間板が新たに変性を起こし、傷つく可能性がある点に課題を残していました」。

椎間板の髄核組織は脊椎が発生する段階での脊索の遺物とされ、誕生後は不要な組織と考えられてきた。このため、ヘルニア腫瘤を取り出す際に椎間板中心部にある髄核そのものも、ヘルニア再発予防のため取り出すケースが多かったのだ。しかし大勢に流されることなく、疑問を自分に発したことが長年の研究の発端になった。

「東海大学医学部で教育と研究を、付属病院で臨床を行い、またカリフォルニア大学へ留学して研究する機会をもらって症例を見るうちに、次第に『哺乳類の長として進化した人間の組織に、不要なものがあるのだろうか?』と考えるようになりました。何か意味があるはずという直感から、髄核組織の役割に注目。ヘルニア腫瘤を取り出す手術でも、椎間板中央部の髄核組織を温存する術式を行った結果、画像上も臨床上も良好な結果が得られたのです」。

この臨床上の結果をもとに、現在に続く20年の基礎研究が始まった。

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