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創立者 松前重義の思想が今も息づいています

【写真】創立者 松前重義
創立者 松前重義

東海大学の創立者である松前重義は、熊本に生まれ、東北帝大(現東北大学)工学部で電気工学を学びました。大学を卒業後、逓信省(現総務省)に技官として採用され、国の電気通信基盤の整備に尽力しています。

松前のあげた実績の一つは、電話通信分野での画期的な発明にあります。当時の伝送方式は、米国の大学教授が開発した「装荷ケーブル方式」と呼ばれるものでした。これに対して松前は、装荷コイルを使わない革新的な方式を開発し、一つの回線で多重通信を可能にすることに成功しました。これが「無装荷ケーブル通信方式」と呼ばれる発明です。この発明により電気学会から送られた祝金などをもとにして、私塾・「望星学塾」(東京・武蔵野)を開講しました。松前の教育に関する考え方は、内村鑑三が主催した聖書研究会で学んだことが大きく影響しています。内村が紹介したデンマークの国民高等教育の理念を知り、その教育観に強く共感したものです。

戦後の荒廃期のなかで松前は、日本の未来を担う若者たちが思想、体躯、智能、希望を育むことができる場として東海大学(1946年旧制大学認可、1950年新制大学認可)を設立し、科学技術を正しい思想で活用しなければならないという考えを持ち続けました。
また、FM放送局(FM東海)を開設し、FM放送を使った国内初の通信教育を行いました。どのような条件のもとでも教育だけは絶対に途絶させてはならないという思いが、通信技術を使った教育を実現させました。原子力基本法の制定に尽力したのも、原子力の平和利用の道を拓くためでした。
戦争の悲惨さを経験し、その過ちを二度と繰り返さないという松前の志は、今日の東海大学の歴史のなかに脈々として受け継がれています。