総合医学研究所の所員が「創薬」をテーマに座談会を実施しました

総合医学研究所の所員が「創薬」をテーマに実施した座談会の詳細がこのほど、『科学新聞』に掲載されました。本研究所では医学部医学科の教員を兼務する所員が、「ゲノム・再生医療・創薬」を中核テーマとして、疾患の原因となる遺伝子の同定や病態解明、治療法の開発に取り組んでいます。座談会は、医科学研究に関する最新の成果やトピックスについて情報を共有するとともに、本研究所の取り組みを学内外に発信することを目的に毎年実施しています。今回は、安藤潔所長が司会を務め、稲垣豊教授(基盤診療学系先端医療科学)、幸谷愛教授(同)、酒井大輔准教授(外科学系整形外科学)と、コンピュータを用いて膨大な数の化合物から短時間に有効性のある候補化合物を絞り込む「in silico(インシリコ)創薬」の研究者である平山令明客員教授が語り合いました。

初めに安藤所長が、本研究所における創薬研究の歴史を振り返るとともに、座談会の趣旨を説明。「本研究所では、所長を務めた故・猪子英俊先生らの貢献によってヒトの全ゲノムが解析された2000年以降、ゲノムと創薬を融合させた研究を積極的に進めてきました。同じく所長を務めた宮田敏男先生(現・東北大学大学院医学系研究科分子病態治療学分野教授)と平山先生が中心になって腎臓病の治療薬として開発したPAI-1(パイワン)阻害剤については、白血病に対する有効性も見出し、今年度から医学部付属病院で第Ⅲ相臨床試験が始まるなど、多くの成果を上げています。今日は、東海大学発の創薬開発が期待される最新の研究や今後の展開、アカデミアにおける創薬研究の意義や課題について語り合ってもらいます」と述べました。

【薬で椎間板変性疾患の根治を目指す】
酒井准教授は、腰痛の主原因となる椎間板変性疾患に対する治療法の開発に挑んでいます。腰痛患者は国内に約2800万人いるといわれ、超高齢化が進む中、治療法や予防法の開発が急務となっています。酒井准教授らは、髄核細胞に発現する受容体Tie2 (タイツー)の減衰が椎間板変性の進行にかかわることを発見。さらに、Tie2に結合するリガンドであるAng-1(アンジオポエチン1)がTie2の発現を促し、椎間板の維持向上につながることを見出しました。そこで、Ang-1と同様の効果のある低分子化合物をインシリコの手法で探索し、複数の候補化合物の特定に成功しました。酒井准教授は、「候補として選択した化合物の有用性が確認されれば、椎間板変性疾患のみならず、血管や造血疾患、皮膚の損傷などへの治療応用も期待されます。実用化に向けてさらに研究を進めます」と語りました。

【新たな発想で日本発の肝線維症治療薬を開発】
マトリックス医学生物学センター長として臓器線維症の研究を続けている稲垣教授は、悪化すると肝硬変や肝がんに至る肝線維症の新規治療薬の開発を進めています。稲垣教授は、肝臓内の血流調節などの機能を持つ肝星細胞が、肝臓の炎症により筋線維芽細胞に変わり、炎症がおさまると肝星細胞に戻る(脱活性化)性質に注目。脱活性化を誘導する分子としてTcf21を発見し、平山客員教授との共同研究により約770万の化合物からTcf21を模倣できる低分子化合物3種をインシリコの手法により同定しました。そのうち1種類については、肝線維症モデルを用いた実験により安全性と効果を確認。現在はモデルマウスを用いて、線維症から回復した再生肝組織における脱活性化した星細胞の形質変容と免疫細胞などとの関係の解析を進めています。稲垣教授は、「肝線維症の発症を防ぐのではなく、発症した肝線維症を正常な状態に戻すという全く新しい発想による研究です。今後は、同定した候補化合物の合成と治療効果の検証を進めるとともに、Tcf21の作用機序のさらなる解明に取り組み、日本発の独創的な肝線維症治療薬の創出を目指します」と述べました。

【超希少難病・劇症型NK細胞白血病の患者に光】
幸谷教授は、国内における発症数が年間20例程度の希少疾患「劇症型NK(ナチュラルキラー)細胞白血病」の研究に従事しています。この疾患は若年層に多く、約半数が60日程度で死に至る難病で、治療法が確立されていません。幸谷教授は、患者の腫瘍組織を移植したモデルマウスを作製して病態の解明に挑み、腫瘍が骨髄ではなく肝臓で増殖することを解明。さらに有望な治療標的の同定にも成功し、来年度から医学部付属病院において臨床試験を開始することになりました。幸谷教授は、「本病院の血液腫瘍内科が日本有数のリンパ腫症例を有していたことに加え、院内に診療科横断的な連携体制が整い、本学が実験に不可欠なヒト化マウスを作製する技術を持っていたことが研究を加速させました。積極的に採血に応じてくれた患者さんや主治医、検体を送ってくれた他の医療機関、ベンチャー企業など、協力してくださった皆さんの期待に応えるためにも、ぜひ成功させたい」と語りました。

【長期的視点で腰を据えた研究開発を】
インシリコによる創薬研究の長所は、標的分子がわかれば、実際の体の組織を使うことなく、正確かつ効率的・経済的に薬の候補となる分子を絞り込めることです。平山客員教授はこれに対し、「しかし、最終的に求めているのは“よく効いて毒性が全くない薬”であり、インシリコでは効果がある分子を見つけることはできても、それがヒトの体に入ったときに体全体におこるすべての現象まで把握することは、現状ではできません。今後、AI等の活用によりそうした課題を解決できる可能性もあり、若い研究者が研究を発展させてくれることに期待しています」とコメントしました。最後に、「アカデミアにおける研究では、ハイレベルの科学的知識と技術力、“患者さんを救う”という意識の高さに加え、実行力が何よりも重要です。本研究所の研究者はそうした4つのファクターを満たしているからこそ、研究が進展しているのだと思います。今後も長期的視野に立ち、腰を据えた研究開発を進めていきたい」と結びました。

※『科学新聞』の記事はこちらからご覧いただけます。
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