大学院生物学研究科の松井晋准教授(生物学部生物学科)と研究室に所属していた猿舘聡太郎さん(研究代表/生物学研究科2023年度修了)、北海道立総合研究機構林業試験場の雲野明氏らの共同研究チームがこのほど、国の天然記念物に指定されている大型キツツキ類「クマゲラ」*が、札幌市の都市近郊に広がるカラマツ人工林を厳冬期における重要な採餌場所として選択的に利用している実態を初めて解明。研究の成果をまとめた論文「クマゲラの冬期における生立木の採餌木選択と採餌場適地推定」が、11月11日に『日本鳥学会誌』に掲載されました。
クマゲラは国内では本州北部と北海道に分布しており、本州北部の地域個体群は絶滅の危機に瀕していますが、北海道では札幌市街地に隣接する都市近郊林も含め、道内全域の森林に分布しています。一方北海道では、1950年から70年代にかけて拡大造林によって低標高地域を中心に天然林が大規模に伐採され、木材生産を重視したトドマツやカラマツなどの人工林に転換されました。現在、それら人工林の多くは林齢50~60年の成熟期を迎え伐期に達しています。しかし、カラマツを含む都市近郊林において、クマゲラが採餌に利用する樹種の選択や採餌場の適地については未解明な点が多く残されていました。

猿舘さんは本研究科在学時に、クマゲラの生態に興味を持っていたことから鳥類学が専門の松井准教授の研究室に所属。雲野氏らの協力も得て22年度から本研究を開始しました。札幌市の都市近郊林を含む森林における冬期の主要な採餌環境を明らかにするため、冬期に生きた木の樹幹を掘って採食した痕跡のある冬期採餌木を徒歩で探索し、さらに調査ルートからランダムに樹木を選択して、それらの樹種や周辺環境を比較することで環境選択性を解析しました。その結果、クマゲラは標高が低く、針葉樹の割合が高い場所で、胸高直径の大きい樹木をより多く利用する傾向が明らかとなったほか、冬期採餌木として本州から北海道に導入された造林樹種カラマツや、在来の先駆樹種であるシラカンバが選ばれていることが示されました。また、標高が低くカラマツ林の割合が高い傾斜が緩やかかつ湿潤な地形において、冬期の採餌場適地確率が高くなる一方、北向き斜面では他の方位に比べて適地確率が低下することも分かりました。

松井准教授は、「猿舘さんは大学院在学時を通じてこの研究に従事し、総計で90km以上の自然歩道や登山道を歩いて調査を実施しました。その成果として、札幌市ではカラマツの人工林を含む成熟した低地林がクマゲラの冬期採餌場所として重要であり、冬期採餌木は大径木で、周辺には針葉樹の立枯れ木が多く存在する傾向も確認されました。クマゲラが残す冬期採餌痕の分布や、そこから推定される採餌場の適地を利用することで、森林内で局所的に形成される生物多様性の高いエリアが把握でき、森林性鳥類にとって冬期の生息に適した場所を効率的にゾーニングできることが期待できます。さらに今後は、北海道低地部の人工林管理において、生態系エンジニアであるクマゲラの冬期の採餌痕を指標とし、天然記念物である本種の保全と生物多様性に富む森林の保全を同時に進めていくことが望まれます」と話しています。
*クマゲラ(Dryocopus martius):全身黒色で頭頂部が赤い日本最大のキツツキ類。イベリア半島、スカンジナビア半島からカムチャツカ半島まで旧北区の寒帯、亜寒帯、温帯北部に広く分布。北海道ではトドマツやミズナラなどの針広混交林、東北北部では天然ブナ林に生息し、年間とおして樹木で主にアリ類を食べる。国の天然記念物、環境省レッドリスト絶滅危惧II 類に指定されている。