医学部医学科内科学系循環器内科学の後藤信哉教授(大学院医学研究科代謝疾患研究センター長/総合医学研究所創薬・病態解析研究部門長)がこのほど、「個別最適化治療を可能とする医工計測情報の革新的多次元解析技術の開発」により、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団「第14回中谷賞 大賞」を受賞。2月25日に東京都内で、授賞式と記念講演が行われました。同財団は、医工計測分野における技術開発や技術交流等の促進と人材の育成を目的として幅広い助成事業を展開しています。この賞は、医工計測技術について優れた業績を挙げ、活発な研究活動を行っている研究者に贈られるものです。
医学部付属病院循環器内科で心筋梗塞などの虚血性心疾患患者の診療に携わる後藤教授は、独立行政法人理化学研究所の研究者らと連携し、診断・治療法の科学的検証や疾患リスクの論理的予測による個別最適化治療の実現を目指して研究に取り組んでいます。本研究ではスーパーコンピュータ「京」(現・富岳)を用いて、血栓予防のため抗血液凝固薬を服用している患者の遺伝子情報や生活習慣、身体的所見といった時系列的な多次元情報から、重大な出血や脳卒中などを引き起こす確率を予測するプログラムを開発。さらに、重篤な血栓が形成される可能性を、血小板膜糖タンパク質を構成する原子の運動(熱ゆらぎ)に着目して予測する技術を開発し、個別最適化治療の基盤理論を確立しました。
後藤教授は、「現在の診療は、患者さんの集団を対象とした平均的・標準的な診断・治療法をもとに医師の経験や直感によって選択・適用されているため、客観性や再現性に乏しいのが実情です。スーパーコンピュータで患者さんの膨大な情報を整理できれば、そうした経験主義的な個別医療の妥当性が科学的根拠によって検証されるとともに、疾患発症の予測が論理的に可能になり、患者さん一人ひとりに応じた、より効果的な医療の実現につながると考えています。個々の臨床データを読み解く帰納的アプローチと、原子の構成から疾患発症のメカニズムを解析する演繹的アプローチによって導かれる結果をコンピュータ上で融合させ、最適な治療法を導き出すという取り組みを評価していただき、大変ありがたく思います」と語ります。
後藤教授は、世界最高峰の医薬関連研究機関であるアメリカ・スクリプス研究所分子実験医学部門の博士研究員を経て1996年に本学医学部に着任し、臨床、教育、研究に尽力してきました。「目の前には多様な道があったはずですが、振り返ってみると一本の道になっていたのは幸せなこと。指導力に秀でた魅力的な指導者や研究者との出会いに恵まれました」と振り返ります。現在、研究室に在籍する医学、理学、工学系の大学院生らに対しては、「恩師の姿勢にならい、“次の世代への方向性”を示して自分の道を見つけられるようアドバイスしている」と話します。「本研究では原子に着目することで、これまでの分子生物学を一歩深めることができたのではないかと思います。今後はこれまでの成果を発展させて、副作用がない心筋梗塞などの予防薬を開発するのが目標です。さらに、ニュートン力学や量子力学を応用して原子の動態から個人差を規定する要素を明らかにし、個別最適化治療を支える『理論医学』の構築も目指したい。医理工連携でチャレンジを続けます」と語っています。