医学部医学科の野村祥助教(外科学系整形外科学領域)が、国立研究開発法人国立がん研究センターがん幹細胞研究分野分野長の増富健吉氏、同研究員の町谷充洋氏らとの共同研究で、がんの原因となるテロメラーゼ逆転写酵素「hTERT」が、がん化を促進する新たなメカニズムを発見。その成果をまとめた論文が5月28日に、イギリスの科学誌『Nature Cell Biology』に掲載されました。
ヒトの正常な細胞は、DNAの末端にある「テロメア」と呼ばれる配列の短縮によって細胞分裂を停止して死に至りますが、がん細胞は「テロメラーゼ」という酵素(鋳型となるRNAとhTERTの複合体)の働きによりテロメアが維持されるため、際限なく増殖します。テロメラーゼやhTERTの働きを阻害する抗がん剤の開発が世界的に進められていますが、有効な薬の開発には至っていません。一方、骨や筋肉にできるがんである「肉腫」は、テロメラーゼに頼らず隣り合うテロメア配列同士をコピーする相同組換えによってテロメアを維持するためhTERTは存在しないと考えられており、治療標的として認識されていませんでした。
増富氏らは、hTERTの機能が、がん細胞のテロメアを維持するDNA合成活性(RNAを鋳型にしてDNAを合成する働き)だけではなく、RNA合成活性(RNAを鋳型にして対になるRNAを合成する働き)もあることを発見し、2009年に報告しています。今回の研究はこれをベースに、多様な種類のがんにおけるhTERTの発現や機能を詳細に解析。その結果、hTERTのRNA合成活性はがん細胞の増殖過程で蓄積されてがん細胞を死に至らしめる「R-loop」と呼ばれるゲノム異常を排除し、がんの増殖に寄与することを見いだしました。さらに、肉腫におけるhTERTの存在を明らかにしたほか、RNA合成活性の阻害によってがん細胞の増殖が抑制されることも、モデルマウスを使った実験で解明しました。「この結果は、肉腫を含むさまざまながんに対し、hTERTのRNA合成活性を標的とした新たな治療薬の開発につながると期待されます」と野村助教は意義を説明します。
野村助教は2015年度に本学科を卒業後、医学部付属病院での研修医を経て18年度に整形外科学領域に入局し、同時に大学院医学研究科博士課程(先端医科学専攻)「専攻医研修/大学院コース(※)」に入学。20年度から国立がん研究センターの任意研修生として研究に従事しています。「増富先生と町谷先生の研究に対する熱意や姿勢には大いに刺激を受けました。多くのことを学ばせていただき心から感謝しています。指導教員の渡辺雅彦先生、実験用の細胞を提供し、アイデアをくださった谷口俊恭先生(基礎医学系分子生命科学領域)をはじめ、多数の研究者の方々にもご協力いただきありがたく思っています。肉腫は多様性に富んだ希少がんのため、治療薬の開発が進みにくく、化学療法で使用できる薬が少ないのが実情です。肉腫の患者さんの治療の選択肢を増やすため、さらに研究を深めたい」と話しています。
なお、『Nature Cell Biology』に掲載された論文は、下記からご覧いただけます。
https://www.nature.com/articles/s41556-024-01427-6
※「専攻医研修/大学院コース」
本学医学部付属病院に専攻医(本学では臨床助手)として勤務しながら大学院で修学できるコース。