研究最前線

関根 嘉香 教授(理学部化学科

健康診断から体臭検査まで
皮膚ガスをヘルスケアに活用

東海大学
理学部 化学科
関根 嘉香 教授

人の皮膚からは、微量の生体ガス(皮膚ガス)が発生しています。関根嘉香先生は、独自に開発した採取キットを使って皮膚ガスを測定し、体臭や生活習慣、健康状態等との関連を調査。将来的には、皮膚ガス情報を疾病の予防や早期発見、体臭検査、疲労度検査といった幅広い領域で活用することを目指しています。

―関根先生が皮膚ガスに注目したきっかけや、具体的な研究内容を教えてください。
 私は研究の道に入って以来、一貫して「空気」に関する研究に携わってきました。あるときシックハウス症候群の調査のため、民家で空気中の化学物質を測定したところ、出るはずのない物質が検出されました。不思議に思って出所を調べると、その物質は測定を行っていたスタッフの体(皮膚)から出ていたことが判明。以来、人の皮膚から発生する微量の「皮膚ガス」に興味を持ち、研究に力を入れるようになったのです。
 ただ、皮膚ガスに関する研究は世界的にもほとんど例がなく、唯一ともいえる先行研究では、皮膚ガスの採取に複雑な機器を使用していて、被験者が研究室まで行かなければ測定ができない状況でした。この方法では、多くのサンプルを集めて研究を発展させるのは難しいと考えた私は、いつでも・どこでも・誰でも簡単に皮膚ガスを測定できるよう、3センチほどの小型の採取キットを開発。これにより、被験者が自宅で皮膚ガスを採取し、大学に郵送するといったことも可能になりました。
 こうして集めたサンプルは、ガスクロマトグラフという装置にかけて、皮膚ガスの種類や量を分析。そこから得られたデータと、被験者の生活習慣や健康状態、体臭などとの関連を調べることが、現在のメインテーマです。

―これまでの研究で、どんなことがわかってきましたか。
 ヘルスケア領域を中心に、さまざまな発見がありました。たとえば、医学部の平林健一先生のご協力を得てがん患者さんの皮膚ガスを調べた結果、健康な人とは異なるパターンを示すことがわかりました。私たちは当初、がんにかかると何か特別な成分が出るのではと予想していたのですが、そうではなく、本来は出るはずの成分が出にくくなって、ガスの大小関係のパターンが変わるのです。現在では、そのパターンを解析することで、がん患者かどうかを判別できるようになりました。ただ、がんの種類やステージを特定するにはまだ検体数が足りないため、そこは今後のテーマです。
 外部の企業との共同研究も多く行っています。最近の事例でいえば、ある大手乳製品メーカーと共同で、オリゴ糖と体臭の関係を調査。健常者の皮膚ガスを分析したところ、オリゴ糖を食べた人は腸内環境が改善され、体臭の原因の一つであるアンモニアが減る一方、良い香りをもたらすγ -ラクトンが増えるというデータが得られました。
 このほか皮膚ガスの実態がわかってきたのも収穫です。皮膚ガスの存在そのものは紀元前から知られていたようですが、実際にどんな物質がどれくらい出ているかは、ほとんどわかっていなかった。それが今、少しずつ明らかになってきているところです。

―今後の目標や課題をお聞かせください。
 皮膚ガスの中には体臭の原因となる成分もあるため、「減らす方法」に関心が集まりがちですが、皮膚ガスは情報の塊なので、うまく活用すれば生活の質(QOL)を高めることにつながります。例えば、在宅医療への応用。採血は有資格者でなければできませんが、皮膚ガスなら自分で簡単に採取できるため、日々測定して健康状態の推移を知る手掛かりにできます。また、今まさに変革期にあるモビリティ分野との連携も視野に入れています。体調が悪いとき、車内で皮膚ガスを採取し、そのデータを直接病院に送って検査に役立てる―そんな時代がやがて到来するだろうと考えています。
 課題は、皮膚ガスを研究する仲間を増やして、この分野そのものを大きくしていくこと。皮膚ガスにはいろいろな切り口があり、産業上の利用分野も多岐にわたるため、とても私一人ではカバーできません。間口が広がれば、それだけ多彩なアイディアが生まれます。この研究をより大きな社会貢献につなげるためにも、学内外の多くの方と連携して裾野を広げていきたいと思います。

皮膚ガスには、皮膚の表面の常在菌などに由来するもの、汗をかくことで発生するもの、血液中の成分が揮発したものの3種類がある。
皮膚ガスの一種であるアンモニアと反応して変色するインジケーターを開発。腕時計のように装着して被験者のストレス度合いを計測する。