【開催報告】文学部「知のコスモス」講演会 ―シリーズ 国家・自然・人間― 第3回「アマゾン暮らしをふり返って」

文学部文明学科では、下記の内容で講演会 ― シリーズ 国家・自然・人間 ― 第3回を開催し、千葉大学名誉教授の武井秀夫先生をお招きし、「アマゾン暮らしをふり返って」と題したお話をうかがいました。
計21名の方々にご参加いただきました。

実施日時: 2024年3月16日(土)13:30~15:30【開催済】
実施場所: オンライン(Zoom)
講  師: 武井 秀夫 氏(千葉大学名誉教授、文化人類学者)

 

 武井先生は、コロンビアの西端部に位置するトゥユカの人々の村で、2年以上にわたって共に暮らしてきた。同地の人々を取り巻く環境・動植物は、彼らの生きる宇宙・世界の構成要素であり、その存在のすべてに意味が付与されている。その歴史・構図・知性は、「神話」として人々の心に留められている。他者はこの種の語りを「神話」として捉えるが、彼らにとって現世・現実と「神話」は直接繋がっている。「神話」は、世界を認識する枠組みであり、彼らの思考・生き方・暮らしを織り成させる知識の土台でもある。

 宇宙・世界の構成要素の多くは、「マサ」(人々)という観念で捉えられているという。木、木の実、蛙、動物たち、アリ・シロアリといった昆虫、そしてキャッサバ等の植物、これらはすべて魂を有しているという点において人間と同質的な存在であり、それが故に「人々(マサ)」なのである。この捉え方では、焼畑でのキャッサバ収穫、果実の採取、魚の捕獲、ケモノの狩、アリ・シロアリの採集といった食料採取行為は、すべて「魂」を奪うという意味において「殺人」であり「食人」でもある。それらの奪われた「魂」・「人々」からは、「殺人」・「食人」に対する復讐が企てられる。それこそが、人間の死因・病因なのだという。その復讐の連鎖は、回避されねばならない。そのために儀礼がなされ、相互に必要最小限の「犠牲」を許容し合うこと、そして世界・宇宙全体の豊穣化が試みられる。そこではヤヘ(植物)という幻覚剤が用いられ、そして儀礼の場となるマロカという建造物(神を表象)は、象徴的性交の場(豊穣化)という意味も有している。

 宇宙・世界の諸要素が人間と同様の魂・性質を帯びさせられることにより、人間はその貪欲性の制御・抑制が求められる。乱獲行為は、病気・死に直結し、何よりみなが生きる舞台としての世界・宇宙の調和を破壊することにもなる。こうした思考・知識は、すべて「神話」に刻まれており、長きにわたって継承されてきたその語りにしたがって、宇宙・世界・現世のあらゆる現象が解釈され、人々は生きてきた。ところが、資本主主義・近代国家の影響により、継承された神話・記憶が忘却され、新たな神話が創造されていく事例も確認できるという。「暮らす」とは、「世界知」(「世界」で生きるための知識群/「世界」を認識する枠組etc,)を更新し続ける営みであると武井先生は問いかける。

 武井先生は東京大学医学部のご出身で、8年間外科医として勤務した後、同大学教養学部に学士入学して博士課程にいたるまで文化人類学を学ばれた。これまで、アマゾン、ヤップ、パラオ、チリ等において長期にわたるフィールドワークを実施してきた。豊かなご経験を基に、病気・治療・死・宗教・神話・環境等、人間という存在を多角的に熟考してきた先生の語りは、参加者を魅了した。

 先住民の思考の基盤は、自然・動植物そしておそらくは人間をも、モノ・資源・利益の源泉として捉えようとする資本主義・近代国家の原理とは異なる。その原理では、利益を得ることが称賛・礼賛対象となり、それが生きる理由・目的とも化す。それを正当化するような「神話」も数多く書き残されており(例えば、旧約聖書・創世記[神が他の生き物を支配するよう人間に命令]、先天的奴隷説[アリストテレス]、動物機械論等[デカルトetc.])、その延長線上に現代社会は構築されている。その土台は、整理・分類・細分化という特徴をもつ「西洋科学」の知性・理論でしっかりと支えられ、それによりあらゆる事象の説明・認識がなされ、したがってすべての問題解決も可能であるかのように捉えられる。ふと振り返ってみると、ほんの一部の人間のみが巨額の富・利益を得、多くの人々は生を維持するために隙間のない時間を日々必死に過ごし、多くの動物が絶滅し、自然は消失し続け、統合体としての生きる舞台・地球の環境変化・全体の調和が危ぶまれる状況にすらなっている。歴史の過程で、「野蛮」・「迷信」・「非科学的」といった観念で捉えられまた扱われきた、大きなアマゾンの小さな村に生きる人々の思考に触れ、現代に生きる我々は、忘れかけた大切な何かに気付かされる。武井氏の語りは、現代社会の多様な問題を根幹から見つめ直す上でも、極めて意義深いものであった。

(企画・報告:文明学科教授・大平秀一)