現代教養センターの田中彰吾教授が執筆した論文「プロジェクション科学における身体の役割―身体錯覚を再考する」が、このほど日本認知科学会の論文賞を受賞しました。同学会には心理学や人工知能、言語学、脳神経科学、哲学、社会学といったさまざまな分野の研究者が参加し、認知科学に関する学際的研究を展開しています。本論文は、同学会誌『認知科学』2019年3月号に掲載されたものです。
田中教授は、07年にスイスの認知科学者ブランケらにより報告されたフルボディー錯覚に関する実験レポートについて、自ら同様の実験を行って錯覚経験に現象学的に迫ることで再考し、論文にまとめました。同学会からは、「体性感覚の錯覚経験に関する新たな解釈を哲学的に論考したもので、物理的身体が拡張されるという解釈は斬新であるとともに、身体性に関わる幅広い研究分野に議論を喚起する可能性を秘めるなど、総合的に優れた論文」と高く評価されました。
フルボディー錯覚の実験は、被験者がヘッドマウントディスプレイに映し出された(プロジェクションされた)自分の背中がなでられるのを見ながら、同時に実際に自分の背中をなでられているときに、どのように感じるかを調べるものです。ブランケらは、プロジェクションされた自分を見て、投影された部分に自分がいる(自分が身体の外にいる=体外離脱)のように錯覚すると報告しています。この報告に疑問を感じた田中教授は、本学の学生に実験に参加してもらい、参加者が錯覚している際の感覚について詳細なインタビューをもとに考察。「自分が身体の外部にいるというより、物理的身体と仮想身体に拡張する(両方に自分がいる、あるいは自分の居場所が広がる)感覚ととらえるのが適切ではないか」と提言しました。
田中教授は、「この論文は、17年に開催された同学会のシンポジウムでアイデアを発表した際に有意義な議論が交わされたことを機に、テーマを追究・発展させてまとめたものです。学会の方からは、“哲学系の論文が受賞するのも、既存の実験を哲学的な観点から再解釈した論文が受賞するのも初めて”と評価していただきました。関係された先生方や実験に協力してくれた学生たちに感謝しています」とコメント。「日常生活で当たり前と思っていることが実は当たり前ではないことを、実験で確認できるのが認知科学の面白さ。常識を疑って初めてわかることがたくさんあります。自分の研究の根底にあるのは、常に『哲学的な問い』です。今後も、さまざまな科学を哲学的な視点から問い直す研究を続けたい」と話しています。