医学部医学科の福田講師らがiPS・ES細胞の神経分化を制御する遺伝子を発見しました

医学部医学科基礎医学系分子生命科学の福田篤講師(文部科学省卓越研究員、総合医学研究所、マイクロ・ナノ研究開発センター)らがこのほど、ヒトのiPS細胞(人工多能性幹細胞)やES細胞(胚性幹細胞)の神経分化を制御する遺伝子を発見。その成果をまとめた論文が6月8日(日本時間6月9日)に、アメリカの科学雑誌『Cell Reports』オンライン版に掲載されました。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の平成31年度再生医療実現拠点ネットワーク幹細胞(再生医学イノベーション創出プログラム)「ヒト多能性幹細胞を用いた転写/エピゲノム多様性・性差に基づく神経細胞分化能の制御機構解明と予測モデルの構築(研究開発代表者:福田篤)」などの採択を受けて取り組んだものです。

ヒトiPS細胞やヒトES細胞は、初期胚(受精卵が子宮内膜に着床する直前の細胞)によく似た性質を持つ試験管産物で、ヒトの体に存在しているものではありません。しかし、体を構成するさまざまな細胞に分化できるため、再生医療などに利用されています。ヒトに個体差があるようにiPS・ES細胞にも個体差があるため、目的の細胞に分化させる際の効率は個体によって異なります。また、試験管産物特有の異常が引き起こされることも報告されており、その代表例が女性由来の細胞の性染色体異常です。男性はXとYの染色体を1本ずつ、女性はX染色体を2本持っています。女性の体内ではX染色体の働きが過剰になるのを防ぐため、1本の働きを止める(不活性化)するシステムが備わっています。しかし、iPS・ES細胞ではこのX染色体の不活性化が起きずに異常なままとなり、その原因は特定されていません。

福田講師らは、多くの研究者によりX染色体の不活性化異常への関与が示唆されていた遺伝子「非コード長鎖RNA XACT(ザクト)」に注目。非常に長く、改変が難しいとされていたXACT遺伝子をCRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)という技術を駆使して編集し、XACTを切り取った細胞と残した細胞を比較して機能を解析しました。その結果、XACT遺伝子は女性由来のiPS・ES細胞におけるX染色体の不活性化異常に関与していないことを解明。さらに、男女を問わず、iPS細胞における神経分化を抑制していることも明らかにしました。

福田講師は、国立成育医療研究センターやアメリカ・ハーバード大学の研究員(日本学術振興会海外特別研究員)を経て2019年度に本学のテニュアトラック教員となり、今年4月に医学科講師に着任。一貫してiPS・ES細胞における個体差・性差や神経分化に関する研究を続けてきました。福田講師は、「XACTはタンパク質合成の設計図をもたないRNA遺伝子ですが、その大きさから重要な役割を持っていると推測し、解析を試みました。今回の成果は、XACT遺伝子の機能を抑制することでiPS・ES細胞から効率的に神経細胞を作製できる可能性を示唆しており、神経疾患における再生医療や疾患モデル作製による創薬の研究を加速させると期待されます。一方、XACT遺伝子が女性のiPS・ES細胞のX染色体異常に関与しないことの証明も、疾患や病態などの性差の解明にとって大きな前進と考えています。現在、性特異的な疾患の発症メカニズムの解明にも挑戦しており、『革新的遺伝子量補正法による性特異的X連鎖難治疾患iPS細胞を用いた脳神経病態モデリングに関する研究開発(研究開発代表者:福田篤)』をテーマとする研究は、AMEDの令和3年度再生医療実現拠点ネットワークプログラム(疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム)に採択されました。こちらも研究を進展させて創薬開発につなげ、難病に苦しむ患者さんを救いたい」と意欲を見せています。

※『Cell Reports』に掲載された論文は下記URLからご覧いただけます。

https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.109222

※AMED平成31年度再生医療実現拠点ネットワーク幹細胞(再生医学イノベーション創出プログラム)

https://www.amed.go.jp/koubo/01/02/0102C_00042.html

※AMED令和3年度再生医療実現拠点ネットワークプログラム(疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム)

https://www.amed.go.jp/koubo/13/01/1301C_00006.html