学科教員リレーエッセイ㉑ 小泉眞人 教授「広告は社会を映す鏡、そして広報は企業を映す鏡」

 皆さんは、広告がどれくらいの人々の手によって制作されているかご存じでしょうか。もちろん広告の作品によって異なりますが、おおよそ30人から50人ぐらいのプロのクリエーターが関わっているといわれています。わずか15秒、30秒の広告の世界であっても、それだけ多くの人の手によって、広告は生まれているのです。
 例えば、仕事の一部を紹介すると、エグゼクティブクリエイティブディレクター、クリエイティブディレクター、アートディレクター、プランナー、コピーライター、ストラテジックプランナー、デザイナー、イラストレーター、クリエイティブプロデューサー、プロデューサー、プロダクションマネージャー、ディレクター、テクニカルディレクター、プログラマー、フロントエンドエンジニア、音響効果、スタイリスト、ヘアメイク、コーディネーター、キャスティング、アカウントエグゼクティブ(営業)、ナレーターなどです。広告の世界は、とても役割分担が進んでいるのですね。

 広告のなかには、素晴らしい広告のコピー(短い言葉や文章で企業や商品が伝えたいメッセージ)があると思います。「あしたのもと」「すぐおいしい!すごくおいしい!」「Just Do It」「Think Different」など、シンプルで力強い言葉がありますが、けっしてこれらの言葉が、単にその場の思いつきや直観だけで制作された訳ではなく、このように多くの人の手によって、じっくりと生み出されていることが分かると思います。
 このように多くのプロの手によって生まれた広告、つまり広告に描かれた世界観というのは、いまの社会を映す鏡と言われています。それは各企業が商品を売るために、この社会という環境の中で、どのようなお客様がどのような気持ちで商品を購入しているのか、そのためにどのような情報を提供すれば、お客様に伝わるのかを一生懸命に考えているからなのです。さらに、他の商品や広告と一緒にならないように、オリジナリティ(独自性)の高いアイデアを考えて考えて考え抜いているのです。

 そのような思考のプロセス(考える過程)があるからこそ、プロのクリエーターの方たちは、いまの社会を深く理解しようとしているのです。そのことによって、広告が社会の一部ではありますが、その社会の一部を切り取ったように見えるのではないでしょうか。ここ数年は、コロナ禍の影響もあり、企業の広告メッセージも、その影響を受けてきたと思います。例えば、「一歩を一緒に」「あなたと世界を変えていく。」「見せてやれ、底力。」など、その時代やその社会の経済状況、人々の生活状況などを映し出しているというのは、このような理由からなのです。

 一方、広報活動は、企業そのものを映し出す鏡ともいえると思います。広告が主に商品を売るためのコミュニケーション活動であるとすると、広報活動とはPublic Relationsの日本語訳として社会と企業との信頼関係の構築が目的といわれています。つまり一つの組織である企業体が、社会という環境の中でビジネスを行うためには、何より社会の中で信頼されなければなりません。その信頼を作り、維持し、高めていくために広報活動という企業のコミュニケーション活動が日々行われているのです。
 企業のコミュニケーション活動の中には、社会との信頼関係の構築をはじめ、従業員、地域住民、取引先、業界団体、行政機関、NPO組織(非営利組織)、株主、そして何より消費者(生活者)との信頼関係の構築が大切となっています。
 企業を評価するときに、企業の従業員数や売上高の大きさなど、規模で評価することがあると思いますが、その規模とういう量的な評価だけではなく、その企業がどのように社会の中で信頼関係を築いていくかを評価するという質的な視点も大切ではないでしょうか。広報活動を見るとその企業が見えてくるというのはそのような理由からなのです。

 このように広告からは社会の一端を、広報からは企業の一端を見ることができるとしたら、新しい広告の見方や新しい広報の見方ができるようになるかも知れません。日本社会に限らず、世界という社会は常に変化の中にあります。変化し続けている日々の中で、企業の広告活動や広報活動も大きな影響を受けながら、日々情報発信がされているのです。このような視点から、一度、広告や広報活動を見てみるのも新しい気付きになるかも知れません。企業の広告活動や広報活動は、社会とともにある活動なのですから。