北欧学科の講義「スウェーデン史」でゲスト講師をお迎えしました

北欧学科の秋学期開講科目「スウェーデン史」(担当:秋朝礼恵)で、ゲスト講師をお迎えしました。スウェーデンのノンフィクション、小説、児童文学、戯曲などを翻訳されているヘレンハルメ美穂さんです。この記事を読んでくださっている皆さんも、例えばスティーグ・ラーソン『ミレニアム・シリーズ』は読んだことがあるかもしれませんね。ヘレンハルメさんはスウェーデン・マルメ市にお住まいですが、今回、日本に一時帰国された短い期間のなかで時間を作ってくださり、湘南キャンパスにお越しくださいました。講義には、「スウェーデン史」履修者(97名)以外の学生も集まりました。そして、講義後には、有志でヘレンハルメさんとの交流会を開催しました。

講義中の写真

さて、「スウェーデン史」の講義の前半(第2回~第6回)では、エレン・ケイ著『児童の世紀』や、アルバ・ミュルダールとグンナー・ミュルダールによる『人口問題の危機』を糸口に当時の市民生活について学びました。いずれも世界的に有名な著作で、当時の子どもや女性の社会的地位のほか、市民生活の様子を知ることができます。ヘレンハルメさんにご登壇いただいたのはこれに続く第7回目講義です。時代区分として扱えなかったより過去の時代のスウェーデンのことや、第8回目以降の学びに接続する、より現代に近い時代を対象として、さまざまな作品を紹介しながらスウェーデン社会の実像に迫ってくださいました。また、翻訳家のお立場から、AI翻訳と「人」による翻訳の違い、作品当時の社会構造や訳出後の言語の構造の違いを踏まえた翻訳の難しさと面白さ、読み手がもつ無意識のバイアスを回避するための工夫など、いま私たちが改めて考えるべき「ことば」についても問題提起をいただき、受講生も大いに刺激を受けました。

講義中写真、『1793』説明時

紹介された作品のなかでとくに印象的だったのは、『1793』です。この作品が扱う1793年は、フランスではマリー・アントワネットが処刑され、革命の混乱が続いていた時代です。社会の不安定や不穏はスウェーデンにも影響を及ぼし、前年の1792年にはスウェーデン国王グスタフ3世が暗殺されています。当時は、戦争が繰り返され、それにより疲弊し、貧困に苦しむ市民の不満と王制への不信が鬱積していました。『1793』を読むと、歴然たる社会階級、劣悪な生活環境、社会的不公正、ストックホルムの街の惨状などいまでは想像できない当時のスウェーデン社会の一端を知ることができます。なお、この作品の著者・ニクラス・ナット・オ・ダーグはスウェーデンで最も古い貴族の家系で、姓「ナット・オ・ダーグ」(夜と昼)はペンネームではなく実名とのこと。この点もとても興味深く伺いました。

サマーセッションのご講演スライド表紙

ちなみに、この『1793』は歴史ミステリーに分類されます。スウェーデンを含め北欧ミステリーは、いわゆる「なぞとき」ではなく「社会派」といわれる特徴を有しています。現実社会のひずみを反映した犯罪が取り上げられており、作品を読むことで時代背景とその変遷、当時の社会問題を知ることができます。ヘレンハルメさんにはサマーセッション「北欧文化特講B」(9月8日~9月11日)でもオンラインにてご講演をいただきました。

授業の後には、有志の学生や一般の参加者とともに大学の近くにあるカフェGinger & Picklesで「スウェーデンの本と社会」というタイトルで交流会を実施し、約20人が集まりました(モデレーター:柴山由理子)。交流会では、どのようにヘレンハルメさんが翻訳者になられたのか、『ミレニアム』を訳すことになったエピソード、どのように作品を選ばれているのか、どのように作品を日本の出版社に紹介しているか、ヘレンハルメさんの翻訳スタイルはどのようなものかなどを質問形式で伺いました。『ミレニアム』以降はミステリーの依頼が多かったこと、近年は分厚い本の依頼が多いことなど笑いも交えながら楽しい雰囲気でお話頂きました。参加していた学生からは「出版社や編集者について、翻訳者の視点から話を聞くことができて面白かった」、「日本にまだまだ紹介されていない北欧の作品がたくさんあることが分かり、翻訳に興味を持った」、「『ミレニアム』を訳すことになったきっかけに偶然の要素もあり興味深かった」などの感想が寄せられました。

Ginger & Picklesでの交流会の様子
最後に撮影した集合写真