北欧学科教員エッセイ「アイスランドでEU加盟交渉再開をめぐる国民投票を実施」

EUとアイスランド(Wikimedia Commons)

アイスランドでは、来る8月29日に国民投票がおこなわれます。今回の投票では、2013年から中断されている「EUとの加盟交渉」を再開するか否かが問われます。
北欧5カ国のなかで、アイスランドはノルウェーとともにEU非加盟を貫いてきました。そのアイスランドが最初にEU加盟を申請したのは2009年、正式な加盟交渉が始まったのは2010年です。なぜ2009年なのか? 前年の2008年10月、世界的な金融危機を背景として三大銀行が相次いで破綻し、アイスランドは深刻な経済危機に陥りました。通貨アイスランド・クローナの価値も大幅に下落したため、ユーロ導入によって通貨と経済を安定させることが期待され、2009年7月にEU加盟申請が実行されたのです。

私はちょうどこの頃、2009〜2011年にアイスランドに留学していました。大学の授業でもディスカッションの話題としてEU加盟の是非が取り上げられるほど、活発な意見交換がされていました。経済危機を乗り切るためにEUに入るべきという賛成意見もあれば、加盟によって漁業をはじめ、さまざまな分野に制約が課されることを懸念する反対意見もありました。とくに、アイスランドは加盟せずとも既にEU加盟国と同じような制度や義務の多くを受け入れているのだから、今さら入る意味があるのか、という意見が出ていたことが記憶に残っています。

たしかに、当時既にアイスランドは欧州経済領域(EEA)を通じてEU単一市場に参加し、シェンゲン協定にも加わって移動の自由も保障されていました。大学でも、エラスムス計画等にもとづきヨーロッパ各国との大学間交流が進められており、EUに入るメリットは通貨危機への対処以外にはあまり無いように私には思われました。その後、アイスランド経済は予想外に早く回復に転じ、2013年の政権交代後、新政権によってEU加盟交渉は一時中断されます。

クリストルン・フロスタドッティル首相(Wikimedia Commons)

では、なぜ今、交渉再開が浮上したのでしょうか。アイスランドのクリストルン首相は、「私たちが置かれている地政学的状況」を理由の1つに挙げています(Tiago Ventura, “Iceland’s E.U. Referendum, Explained”, TIME, Aug 18, 2026)。ロシアによるウクライナ侵攻に加え、アメリカのトランプ大統領がグリーンランドの獲得を繰り返し主張してきたこと––トランプ大統領が駐アイスランド大使に指名したビリー・ロング氏は、アイスランドが「米国の第52番目の州」になるだろうという冗談まで発しました––など、アイスランド国内で高まる安全保障上の危機感が背景にあるといえるでしょう。

ただし、今回の投票で「Já(Yes)」の結果が出たとしても、ただちにEU加盟が決まるわけではありません。加盟交渉がまとまった場合でも、最終的にEU加盟を決める際には改めて国民投票がおこなわれます。ヨーロッパの一員でありながら、辺境の島国として常に一定の距離を保ってきたアイスランド。その距離が今後縮まってゆくのか、ぜひ8月29日の投票結果にご注目ください(日本時間では8月30日に結果が判明する見込みです)。

(執筆担当:松本涼)