“心もとなさ”を感じたことのあるあなたへ

 心理学を学ぼうと思うとき、カウンセラーになりたいと思うとき、こんな期待をいだくことがあります。

「人のこころってわからない。人間関係ってむずかしいことばかり…。でも、心理学を勉強したら、人のこころがわかるようになるんじゃないかな?」
「将来カウンセラーになって、傷ついた人のこころを癒したい!カウンセリングの方法をたくさん学べば、きっと人の役に立てるようになるはず・・・」

たしかに、心理学には、人のこころを理解したり、人の悩みを和らげたりするために役立つ知識がたくさんあります。しかし、いくら学んでも、目の前の〇〇さんの思いを確実に理解できるようになるわけではありません。また、目の前の〇〇さんの苦悩を確実に解決できるようになるわけでもありません。心理学は、人のこころを読めるメガネでもなければ、人のこころを癒す魔法の杖でもないのです。

ですので、心理学を学びカウンセラーを目指す途上も、さらには、カウンセラーになってからも、
「〇〇さんは、いったいどういう思いなのだろう…?」
「わたしは〇〇さんのお話をいっしょうけんめい聴いているけれど、これって少しは役に立っているのかな…?」
「〇〇さんの苦しみに対して、わたしにできることなんて何かあるのだろうか…?」

といった、もどかしいような頼りないようなモヤモヤが、消えることはありません。
そんなモヤモヤとした“心もとなさ”を感じることはとても苦しいので、モヤモヤした思いを打ち消したくなったり、自分の能力不足を責めたりしたくなることもあります。そうではなくて、ちょっとそこで立ちどまって、その“心もとなさ”をじっくり味わったり、それについて考えてみたりしたのが、『“心もとなさ”からはじまる心理臨床』(滝川一廣監修、中島由宇・櫻井未央編著/金剛出版)です。本学科の中島由宇准教授と菅沼真樹准教授が編集や執筆に携わりました。

 あなたの思いは、わたしにはわからない――そこに、わたしの想定を超えたかけがえのないあなたらしさがあるからです。モヤモヤとしたわからなさをたいせつにすることは、相手のあなたらしさをたいせつにすることです。
 わたしたちはみな、一寸先もどうなるかわからない不確実な世界を生きています。モヤモヤとした不安をなかったことにせず、あなたと分かち合っていくことは、この不確かな世界をあなたとともに生きていくことに他なりません。

 あなたの感じている“心もとなさ”には、他者を尊重し、他者とともに生きるための実践に欠かせない、とてもたいせつなものが含まれているのかもしれません。“心もとなさ”を感じたことのあるあなたに、手にとっていただけたらうれしいです。