堀啓子先生 ご新刊刊行のお知らせ

本学科教授の近代文学研究者・比較文学研究者の堀啓子先生が、『伝説の出版社 博文館』(筑摩書房刊)を上梓されました。

みなさんは博文館という出版社をご存知ですか?博文館は、大橋佐平氏によって明治20年に創立され、明治から昭和にかけて近代日本の出版システムの礎を築いた出版社です。佐平氏は50歳にして新潟から上京し、豪胆かつ卓越したビジネスセンスを発揮して、『少年世界』『太陽』『文藝倶楽部』などの雑誌を次々刊行、大成功をおさめました。あの樋口一葉も、泉鏡花も、江戸川乱歩も、博文館の雑誌から生まれた作家。日本に探偵小説(ミステリー小説)というジャンルを定着させたのも、博文館の大きな功績です。
そんな伝説の出版社博文館がいかにして近代日本の出版流通の仕組みを革新し、読者の心を掴んでいったか、本書にはその道筋が堀先生ならではの緻密かつ端正な語り口で、一般の読者にもわかりやすく解説されています。
時代と共にダイナミックな変遷を辿ったひとつの出版社の歴史を通して、日本の近代文学史の裏側をのぞいてみませんか?
ご刊行にあたり、堀先生にお話を伺いました。


(博文館についてお書きになるきっかけはなんでしたか?)
「私が研究対象としている明治時代の作家、尾崎紅葉は硯友社という作家たちのグループを立ち上げました。社、という漢字がついていますが、今でいう同人サークルのようなものです。彼らの作品の出版を多く請け負っていたのが博文館でした。紅葉が、後に博文館の名編集者となる弟子の大橋乙羽と創業者佐平氏のお嬢さんの結婚の仲人を務めたという縁もあり、硯友社と博文館は繋がりを強めていきます。もともとはそこから関心を持ったのですが、硯友社の作家たちだけではなく、博文館はたくさんの新しい作家を見出し、育て、文壇に新ジャンルを生み出していきました。そのように明治、大正、昭和という時代を駆け抜けた博文館の歴史を通して、当時の文壇の状況を鳥瞰できるのでは、と考えたのが執筆のきっかけです。また、現代を生きる読者の皆様に、時代のダイナミズムを感じていただき、このような世界があったと知っていただけるといいな、という想いもありました」

(現在、紙の雑誌の発行部数はかなり減退していますが、もしいま創業者の佐平さんが生きていたら、この状況をどう打破されるだろうと想像せずにはいられません。三陸地震の際には雑誌の利益を被災地に寄付したり、私費で図書館を建てたりと、そのチャリティ精神にも驚きます。堀先生は、現在の雑誌のありかたをどう思われますか?)
「いまはご年配の方になればなるほど、紙媒体のほうがいいというふうにおっしゃいますね。はやくからデジタルに慣れている若い方がこの先高齢者となったときには、お年寄りは紙、という意識もなくなっているでしょうけれども、現時点ですと、まだ紙の勃興というか、紙の捲土重来を目指してやれることがあるかもしれません。佐平さんはお母様の影響を強く受けていましたので、もし先進的な考えをもって現代に生きていたとしても、お年寄りになじみぶかい紙という媒体は見捨てないのでは、と思います。また、ノブレス・オブリージュの精神を持っていた佐平さんですが、チャリティしよう、義捐しよう、と考えていたわけではなく、時代を大所高所から捉え、日本の社会全体を押し上げていこう、みんなでよりよい位置を目指してお互いを高めていきましょう、という感覚を自然に持っていたのだと思います」

(先生のご専門である、比較文学研究の醍醐味はどういうところにありますか?)
「おもしろいテーマ、作品というのは、時空間を超えて転がっていくものです。フレームは一緒でも、転がっていくそれぞれの段階でかなり作品の雰囲気が変わったり、異なる肉付けが施されていきます。たとえば、イギリスでは格調高い古典と捉えられていた作品が、アメリカに渡ると大衆的な消費文学になり、日本に渡ると啓蒙的な要素が加わって日本人好みのお涙頂戴の小説になり、韓国に渡ると儒教思想が反映された教訓的な小説になったりするんですね。その国の宗教や国家体制などによって、人々の受け止め方も違ってきます。ひとつの作品が、読者、媒体、時代と、いろんなボーダーを越えていくところがおもしろいと感じています」

(文学研究を志す学生に、先生のご経験からアドバイスをお願いします。)
「どんなことでも、ご自身の好きなことを深く追求するのがよろしいかと思います。私のゼミに所属していた学生さんのなかにも、もともとゲームが大好きだったのですが、それがきっかけで大学でそのテーマの研究を始め、いまも博士課程に進んで熱心に学び続けていらっしゃる方がいます。若い皆さんには、恥ずかしい、だとか、ほかの人は誰もやっていない、だとか、そのようなことを気にせず、ご自身の好きなことを追い続けていただきたいと思っています」


尾崎紅葉の『金色夜叉』の種本(翻案小説のもとになった作品)の発見者としても知られ、ミステリーにも造詣が深い堀先生。本学科では、「明治の文学〜私の誕生A/B」「比較文学の楽しみA/B」などの授業を担当されています。
いつも優しくエレガントな佇まいで学生からも大人気の堀先生の模擬授業は、以下のリンクからもご覧になれます!
https://douga.yumenavi.info/Lecture/PublishDetail/2024003378