北欧学科の文化発展科目「アイスランドのことばと文化2」(担当:松本涼)では、アイスランド語の初歩的な文法や語彙を学んだ学生たちが、より詳しい文法の理解や小説の読解に取り組んでいます。第4回に当たる5月11日には翻訳家の朱位昌併(あかくら・しょうへい)さんをお招きし、翻訳ワークショップ風に授業をおこないました。

講師の朱位さんは、現在日本に数名しかいないアイスランド語の翻訳家です。アイスランド大学の博士課程に在籍して文学研究を続けながら、絵本や小説、ノンフィクションなど多数のアイスランド語書籍の翻訳出版に携わっています。今回の授業は、プロの翻訳家の方から翻訳という仕事の実態を聞くことができる、貴重な機会となりました。

受講生(約40名)は、事前に翻訳課題に取り組んだうえで授業に臨みました。講師の朱位さんが翻訳に関わった文章の抜粋を、自分でアイスランド語から日本語に翻訳してみるという課題です。自動翻訳や生成AIを使ってもよいという条件でしたが、何時間もかけて訳文を検討したという人もいました。5月11日の授業では、受講生が訳した文章について朱位さんに講評していただき、そのうえで、自分が翻訳したときに気を付けたポイントなどをお話しいただきました。実際にオンライン辞書を使って単語の意味を調べる様子や、アイスランド語特有の性・数・格による語形変化を日本語でどう表現するかといった実践例をみることで、翻訳という仕事をより具体的に理解することができました。
講評のハイライトは、なんといっても絵本『世界ではじめての女性大統領のはなし』(ラウン・フリーゲンリング著、朱位昌併訳、平凡社、2024年)のなかの一節、“Líka franskar kartöflur?” というセリフをどう訳すかというお話でした。このアイスランド語の直訳は「フレンチフライも?」です。この絵本は世界で初めての民選の女性大統領となったヴィグディス・フィンボガドッティルさんの元をある女の子が訪れ、彼女の人生についてインタビューをするというお話です。ヴィグディスさんがフランス留学時代を振り返り、「今ではフランスのものなら何でも好き」と言ったことを受けて、女の子が「それなら、「フランスの」という形容詞が付いているから、フレンチフライも好きなの?」と尋ねるという文脈でした。「フレンチフライ」(franskar kartöflur…文字通りには「フランスのじゃがいも」)は、日本では「フライドポテト」と呼ばれている食べものです。事前課題でも、ほぼすべての学生が「フライドポテト」と訳していました。

しかし、朱位さんが実際に選んだ訳文は「フレンチトーストも?」でした。「フレンチフライ」は日本の読者には馴染みのない表現ですし、「フライドポテト」では「フランスの」という形容詞が消えてしまいます。それでは、原文がもっていたニュアンスが伝わりません。そこで、直訳ではなく、「フランスの」という形容詞をもち、日本の読者も知っているだろう「フレンチトースト」に置き換えたということです。この説明を受けたとき、教室内は「なるほど!」という驚きと納得の空気に包まれました。
このように、翻訳とはただ言葉の意味を置き換えるだけではなく、文化や社会の背景をふまえて読者に伝わりやすい言葉を選ぶことが必要な仕事だと、実感をもって学ぶことができました。事前課題についても、「翻訳をしてみて、同じ文でも一人ひとり違う日本語になっていておもしろかった」という感想や、「自分で訳したうえで説明していただくと、自分が悩んだ点について、どう考えるかを実際に聞くことができて非常によかった」といったコメントが寄せられ、実践を通じて理解が深まった様子が窺えます。
朱位さんにはほかにも、受講生からの質問に答えて、アイスランドの生活や文化、また翻訳家の仕事について詳しくお話しいただきました。どうやって翻訳家になったのか、実際の作業にどのくらいの時間がかかるのか、職業としての現実など、貴重な経験談を聞くことができ、将来を考えるうえでもよい機会となったでしょう。最後に、受講生の感想の一部をご紹介します。
・「翻訳は責任は伴うものの、訳者自身の解釈や価値観がよく現れる作業だと感じた」
・「訳す際は思い切った取捨選択をしていることが興味深く、正確に文を読みたい場合は原文に触れる必要があるのだと感じた」
・「同じ意味でも、言葉の選び方によって絵本の雰囲気が変わるのが興味深かった」
・「翻訳は、人とその地域の文化を繋ぐものだと思った」
・「日本語だけでなく、他の言語を理解することができれば、考えを広げることに繋がるのではないか」
・「翻訳の仕事に興味があったので、仕事を得たときの話や、翻訳家になるにはどうしたら良いのかという話も大変参考になった」
・「今までアイスランド語を学んできて、本当に習得できる人はいるのだろうかと疑うくらい難しいため、流暢に話すゲストの方をみて、北欧語を学習している身として励みになった」