ヨーロッパ・アメリカ学科主催シンポジウム「異文化の交流と融合」を開催しました

文化社会学部ヨーロッパ・アメリカ学科では、7月22日に湘南キャンパス14号館でシンポジウム「異文化の交流と融合」を開催しました。文化社会学部の連続企画「知のコスモス」の一環で、当日開催されたオープンキャンパスに合わせて、本学科の教員の研究成果を学内のみならず学外や受験生に向けて広く伝えるために企画しました。

シンポジウムの統一テーマは「異文化の交流と融合」。学科の特徴であるヨーロッパからアメリカにまたがる越境性を踏まえて、文化間の接触や交流が生んだ変化を考えることを目的としました。グローバル・ヒストリーと呼ばれる非常に長大な時間や空間を設定する近年の研究動向を意識した上で、一国内やローカルな地域圏にとどまらないダイナミックな関係に注目し、文化間のコミュニケーションの複雑な政治学を捉えなおす試みです。

第一報告では、河島思朗准教授が「古代ローマにおける異文化への態度−−神話の共有と社会の多様性−−」と題して、ローマ帝国が各地を征服、支配する際に神話を用いて文化的な融合を進めたことを明らかにしました。河島准教授は、広大な版図を持ったローマについて解説し、「各都市には自治が認められ、文化的にも言語的にも多様でした。そのとき各地の文化を積極的に取り入れ、ローマの支配に組み込んでいくことが神話の役割でした。たとえば、ギリシアのゼウスとエジプトのアモンはそれぞれの神話の最高神で、両地域の交流の中で融合しましたが、それはさらにローマのユピテルにも取り入れられました」と紹介。さらに、「そもそもアジアから落ち延びたアエネーイスによって始まるローマは、純血ではなく混血性を建国の基礎にしており、積極的に異文化を摂取しつつ、それを自らの神話の一部として再設定することで支配体制を確立していきました」と語りました。

第二報告では丸山雄生講師が「ゾウが大西洋を渡る時:1882年のジャンボ騒動」をテーマに講演。19世紀末の一頭のゾウの売却をめぐる論争から、大西洋を挟んで成立した新しい階級文化について検討しました。ロンドン動物園で飼われていた「ジャンボ」というゾウは巨大さでよく知られ、その名前は大きさを表す形容詞として今日の英語でも使われています。丸山講師は、「1882年にジャンボは発情期に伴う気性難のためにアメリカのサーカス・ショーマンであるP. T. バーナムに売却されることになりましたが、多くの反対の声が上がりました。一つには植民地から集められた動物は帝国の威信の現れであり、その割譲はナショナリズムを刺激したのです」と解説。また、「『我が家』や『妻』から無理に引き離されるジャンボに同情するセンチメンタリズムも強く、こうした動物への共感は、ヴィクトリア文化が理想化した家族像やジェンダー役割と合致しており、高度に様式化された文化を普及するのに大きな役割を果たしました」と述べました。

第三報告の中島朋子教授による「明治・大正期における西洋ジュエリー文化の受容とそのローカル化」では、ファッションやアクセサリーに注目して、日本の近代化における西洋文化の受容を論じました。明治以降、日本にはヨーロッパ・アメリカからさまざまな服や装身具が紹介され、和風と洋風の融合が図られました。着物の柄に洋花があしらわれたり、新しい化学染料が使われたり、髪型や化粧にも変化が起きました。中島教授は、「外国のデザインや技法や素材をそのままに受け入れたわけではなく、日本の身体文化への適応が行われたのです。1890年代に設立された東京工業学校には工業図案科が作られ、そこで本格的なデザイン理論を学んだ卒業生たちは、御木本真珠店や中村商店などで多数の製品を生み出しました。こうした高等教育機関による人材育成と装身具メーカーによる事業が合わさり、西洋のアクセサリーが日本の身体文化に合致した『洋風装身具』へとローカル化され、定着したのです」と語りました。

最後には、司会者や参加者を交えて討議も実施。「ローマの侵略と多文化の整合性」や「神の融合の過程」「国民国家形成における文化の役割」について多くの質問が寄せられたほか、ローマの「滅亡」とそれ以後のヨーロッパや奴隷制廃止運動と大西洋広域圏、日本人デザイナーによる製品開発などについても活発な議論が交わされました。

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