マトリックス医学生物学センターの稲垣豊教授と工学部卒業生の中野泰博・元特定研究員らによる肝硬変治療に関する論文がアメリカ肝臓病学会誌『Hepatology』に掲載されました

大学院医学研究科マトリックス医学生物学センターの稲垣豊センター長(医学部医学科基盤診療学系先端医療科学教授)と、本学工学部卒業生の中野泰博・元特定研究員(現・東京大学定量生命科学研究所幹細胞創薬社会連携部門・日本学術振興会特別研究員)らの研究グループが、肝硬変の前段階である肝線維症の治療に有効な分子として、転写因子「TCF21」を発見。その成果をまとめた論文が、9月24日付けでアメリカ肝臓病学会誌『Hepatology』に掲載されました。本研究は、文部科学省「平成27年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業『臓器線維維症の病態解明と新たな診断・予防・治療法開発のための拠点形成』」(採択期間5年間)の一環として取り組んできたもので、肝硬変の新たな治療薬の開発につながると期待されています。

肝硬変や肝がんを引き起こす肝線維症は、肝臓内のビタミンAの貯蔵や血流調節などの機能を持つ「肝星細胞」が炎症により活性化して筋線維芽細胞に変化し、コラーゲンをはじめとする線維成分を過剰に産生することにより発症します。肝星細胞は、肝臓の炎症により筋線維芽細胞に変わりますが、炎症がおさまるとゆっくりと肝星細胞に戻る(脱活性化)ことが最近の研究でわかってきました。研究グループはこの肝星細胞の性質に注目し、脱活性化を誘導する分子の存在を予測。マウスの約2万5千の遺伝子の中から胎児期における肝星細胞の成熟に重要な13遺伝子を選択して解析した結果、正常な肝星細胞で強く発現し、筋線維芽細胞に変化した活性型の肝星細胞で発現が著しく低下する分子としてTCF21を見出しました。

中野・元特定研究員は2007年度に工学部生命化学科を卒業後、大学院工学研究科工業化学専攻(修士課程)を修了。京都大学大学院医学研究科医科学専攻博士後期課程を経て、19年3月までマトリックス医学生物学センターの特定研究員として研究に従事しました。「医師であり研究者でもある稲垣センター長らとともに、根本的な治療法のない肝硬変を治したいという強い志を持って研究に取り組んできました。本センターでは、生命科学系の研究者をはじめ、肝臓や肺、腎臓、腸、皮膚といったさまざまな臓器・器官に関する多くの専門医が研究に参加しており、線維症に対する臓器横断的な治療法や診断法の開発に向けて、基礎・臨床の両面から研究課題にアプローチするチーム体制が整えられています。研究者が一堂に会する毎月の研究発表会でも活発に議論が行われ、研究者として視野が広がりました。今後も同センターで得た経験を生かし、生命科学の視点から疾患の治療につながる研究を展開していきたい」と意欲を見せています。

稲垣センター長は、「この研究は肝線維症の発症を防ぐのではなく、発症した肝線維症を正常な状態に戻すという全く新しい発想から生まれました。11月8日から12日までマサチューセッツ州ボストンで開催されたアメリカ肝臓病学会でも本成果を発表したところ、大きな反響があり手応えを感じています。研究グループでは、肝臓のほか肺や腎臓、心臓などの線維症にもTCF21の発現異常がかかわっていることを見出しており、複数の臓器の線維症に共通して働く治療候補物質の選定作業に着手しました。先進生命科学研究所などとも連携して創薬を加速させたい」と話しています。

※アメリカ肝臓病学会誌『Hepatology』
https://aasldpubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/hep.30965

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