文明研究所所長で文化社会学部の田中彰吾教授がこのほど東京大学出版会から、学術書『自己と他者――身体性のパースペクティヴから』を刊行しました。本書は、「知の生態学の冒険 J・J・ギブソンの継承」と題した全9巻シリーズの第3巻として出版したものです。ギブソンは、環境との相互作用の観点から心を読み解こうとする「生態心理学」(エコロジカル・サイコロジー)を打ち立てたアメリカの心理学者です。同シリーズは、ギブソンが提唱した生態心理学のアイデアや概念を受け継いだ多様な分野の研究者が、身体の拡張性や間身体的などの観点から各自の最先端の研究を生態学的アプローチのもとで捉え直し、「ロボット」「間合い」「サイボーグ」「排除」といったテーマで論じたものです。田中教授は同シリーズの編集にも携わりました。
身体性に関連する心理学と哲学を研究している田中教授は本書において、脳との関連で心を読み解く「認知神経科学」に関する知見を取り上げ、脳の活動を個別に考えるのではなく、脳は身体の一部であり身体は環境とさまざまなかかわりを持つという「脳―身体―環境」の連続性の観点から考察。また、自己の身体的経験が他者との関係において社会的に構成される点に着目し、社会的な相互作用を通じて自己と他者がどのように相互に影響し合い、どのように個別の主体として構成されていくかを考えるとともに、自己と他者の身体的な交流によって形成される社会的環境についても追究しています。
田中教授は、「このシリーズの目標は、生態学的アプローチの可能性を専門家だけに閉ざされた知とするのではなく、広く一般の人々に開いていくことにあります。目に見えず手で触れることができない心の問題の解決を専門家に委ねるのではなく、個別の身体を持って他者や環境とかかわりながら生きることを実践している“自分自身”によって、自己と環境の関係を捉え直し、環境を変え、自らを変えていくべきではないか――そうした考えを、読者に問おうとするものです」と語ります。
「本書は、内容的には2017年に上梓した『生きられた〈私〉をもとめて――身体・意識・他者』(北大路書房)の続編になっており、特に他者との相互作用の観点から、より広く深く、自己とは何かを見直しています。最先端の問題を論じた専門書ですが、研究者自身も生活の実践者の一人であることを意識しながら、一般の人にもわかりやすく解説するよう努めました。たった一つでも何かが読者の印象に残り、それがいつかどこかで著者が予期しなかった成果に発展していくことを期待しています。ぜひ多くの人に手に取っていただければ」と話しています。