医学部医学科の伊苅教授が「科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(開発部門)」を受賞しました。

医学部医学科内科学系循環器内科学の伊苅裕二教授(医学部付属病院循環器内科科長)がこのほど、「心血管治療用ガイディングカテーテルの開発」により、「令和4年度 科学技術部門の文部科学大臣表彰 科学技術賞(開発部門)」を受賞しました。この表彰は、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者に贈られています。伊苅教授の受賞は、自身が理事長を務める一般社団法人日本心血管インターベンション治療学会の推薦を受けて決定され、4月8日に発表されました。

狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患は、冠動脈(心臓表面を走行し、心臓の筋肉に必要な酸素や栄養を運ぶ血管)の狭窄により、心臓に十分な血液が送られなくなることで発症します。治療法の一つとして1970年代に始まった経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は、脚の付け根にある大腿動脈に2ミリメートルほどの穴をあけてガイディングカテーテルと呼ばれる管を心臓の大動脈(冠動脈の入り口)まで通し、その中に細いカテーテルを通して冠動脈にバルーンやステント(網目状のパイプ)を送り込んで、狭くなった血管を広げる術式です。体への負担が少ないため広く用いられるようになりましたが、大腿動脈は血管の曲がりや枝別れが多いため出血しやすく、さらに出血部位が確認しにくいため、出血がわかったときには手遅れになるという欠点がありました。これを解決するため、手首の橈骨(とうこつ)動脈からカテーテルを挿入する方法が行われるようになりましたが、橈骨動脈からのルートと大腿動脈からのルートでは血管の太さが異なり、大動脈と連結する部分の位置や形状も違うため、大腿動脈用のガイディングカテーテルでは技術的に難しいことが課題となっていました。

そこで伊苅教授は、橈骨動脈アプローチ専用ガイディングカテーテルの開発に着手。「大腿動脈用を橈骨動脈用として用いるのは靴下を手袋として使おうとするようなもので、ガイディングカテーテル先端のカーブの形状や大きさが合わないため、ガイドを大動脈内で支える力(バックアップ力)が弱く、バルーンなどを早く正確に冠動脈に挿入できません。そこで、大動脈内で安定した支えとなる最適な曲がり具合などを計算し、挿入が簡単で安全に使用でき、しかも、左右どちらの冠動脈にも対応できるガイディングカテーテル『IKARI curve(イカリ・カーブ)』を1995年に考案しました」と経緯を説明します。翌96年には自ら5名の患者に施術して立て続けに成功。特許の取得を経てテルモ株式会社が販売を開始した2002年以降、世界中で用いられるようになり、橈骨動脈アプローチによるPCIの成功率の向上、死亡率の低下はもちろん、治療時間の短縮や治療コストの削減など、医療の改善に大きく貢献しています。

伊苅教授は名古屋大学医学部を卒業後、東京大学医学部第一内科助手、アメリカ・ワシントン州立大学への留学、三井記念病院循環器内科科長を経て2005年に本学医学部教授に就任。付属病院におけるPCIの治療実績を積み重ねてきました。後進の育成やさまざまな循環器疾患の研究にも注力しており、自由闊達な雰囲気の研究室から巣立った大学院生や医師は世界を舞台に活躍しています。伊苅教授は、「表彰していただき大変光栄です。この開発は、大腿動脈からのPCIで出血合併症などに苦しみ、“手首からのカテーテル検査はできるのに、なぜ治療はできないのか”と訴える患者さんの切実な声を、アンメットニーズ(認知されていない医療ニーズ)として真摯に受け止めたことから始まりました。より小型で血栓ができにくいステントの開発もあって広く普及し、多くの患者さんの命を救えたことを心からうれしく思っています。若いスタッフには、患者さんのためになるならどんなことでも挑戦するよう伝えています。“出る杭”になって、世間から打たれるようになってようやく一人前。患者さんの思いを酌み、強い意思をもって考え抜き、画期的なアイデアを出して次世代の医療につなげてほしい。今後も若手の育成に尽力するとともに、自分自身も医療や医学を通じてさらに社会に貢献できるよう努めていきます」と話しています。