経済学科・栗原崇講師の単著論文が『Journal of Mathematical Psychology』に掲載されました

政治経済学部経済学科の栗原崇講師が執筆した単著論文「Sufficient conditions making lexicographic rules over the power set satisfy extensibility」が心理学系の数学専門雑誌である『Journal of Mathematical Psychology』に掲載されました。オープンアクセスとなっており、本文最後のリンクからダウンロード可能です。ここでは、内容について簡単にご紹介します。

日常生活の中で、複数の選択肢を同時に選択する場面というのは案外多いものです(例:スマートホンにインストールするアプリ)。また、1つを選択したとしても、複数のものを選択したと解釈することができます(例:サンドイッチの具材)。このように、複数の選択肢の集まり、すなわち「集合」を選択する場合、集合同士の好みの順序(選好順序)が必要となります。しかし、集合の数は非常に多く、選好順序を考えるのはとても大変です。たとえば、選択肢が4個なら集合は16個作れますが、とり得る集合の選好順序の数は5,000兆を超え、その中には4個の選択肢の選好順序に対して不自然なものがたくさんあります。本研究は、「ある個人の選択肢の選好順序が分かっている際に、その個人にとってもっともらしい集合の選好順序を導出する方法」を扱っています。

選好順序の情報のみを用いる場合には、「辞書式」順序を用いる方法が主流です。たとえば、2つの集合A={林檎,蜜柑,桃}とB={梨,葡萄}を考えましょう。ただし、中に含まれる選択肢は好ましい順に並べられているとします。辞書式順序では、上位から順に「林檎と梨」、「蜜柑と葡萄」のようにAとBの中身を比較していき、どこかで順序が付いたら、それをAとBの順序とします。たとえば、「林檎と梨が同程度好ましく(無差別)」、「葡萄は蜜柑よりも好ましい」ならば、「BはAより好ましい」と順序付けます。

ところが、主に2つ問題点があります。第1に、林檎と梨が無差別で蜜柑と葡萄も無差別な場合、Aの桃と比べるものがBにはありません。さらに、現時点では5つの果物(林檎,蜜柑,桃,梨,葡萄)の選好順序しか情報を持っておらず、桃の好き嫌いについては情報がありません。第2に、「林檎が梨より好ましい」場合は「AがBより好ましい」となりますが、もし「林檎はまあまあ好き」な程度であり、「桃がとても嫌い」な場合、「AがBより好ましい」という結論には納得できないかも知れません。

この2つの問題を解決すべくFishburn (1992) により提唱されたのが「選ばないことを選ぶ」という選択肢を可視化する方法です。ここでは便宜上、「選択肢aを選ばないという選択」をn(a)と表現します。たとえば、林檎を選ばないことはn(林檎)と書きます。この方法を用いると、「林檎が好きである」を「林檎はn(林檎)より好ましい」と表現することができ、それぞれの選択肢の「好き嫌い」を表現できるようになります。したがって、AとBはたとえばA={林檎,蜜柑,n(葡萄),n(梨),桃}とB={n(桃),梨,葡萄,n(蜜柑),n(林檎)}のように書き換えることが可能です。そうすると、選んだ果物も選ばなかった果物も全て表記されるため、途中で比べるものがなくなる心配はありません。さらに、「n(桃)が林檎より好ましい」と表現することによって、「(とても嫌いな)桃を選ばないことの方が(まあまあ好きな)林檎を選ぶことより好ましい」ことを反映することができます。すると、辞書式に比べても「BはAより好ましい」という結論に辿りつく可能性がでてきます。

他方で、林檎,蜜柑,桃,梨,葡萄,n(林檎),n(蜜柑),n(桃),n(梨),n(葡萄)の選好順序は何でも許されるでしょうか。たとえば、「林檎は蜜柑より好ましい」のに「n(林檎)はn(蜜柑)より好ましい(⇔林檎を選ばないことは蜜柑を選ばないことより好ましい)」というのはあり得るでしょうか。こういった不自然な選好順序を除くため、Fishburn (1992)は、1)「aはbより同程度以上望ましい」なら、またそのときに限り「n(b)はn(a)より同程度以上望ましい」、2)「aはn(b)より同程度以上望ましい」なら、またそのときに限り「bはn(a)より同程度以上望ましい」、3)「n(a)はbより同程度以上望ましい」なら、またその時に限り「n(b)はaより同程度以上望ましい」ことを選好順序への制約として課しました。

ところが、上記の制約を用いると「林檎は蜜柑より好ましい」ときに「林檎を選ばないことと、蜜柑を選ばないことは無差別である」という意見を持つことが禁止されてしまいます。しかしながら、Fishburn (1992)に提唱された選択肢の選好順序のみ今日まで使用されており、他の可能性について議論した研究がありませんでした。

本研究では、「選択肢の選好順序は、集合の選好順序を導出するうえで不自然とならない程度に、自由に決めることができるべきである」という考えのもと、集合の辞書式選好順序を想定した場合に、選択肢の選好順序に対するFishburn (1992)の制約をどこまで緩めることができるのか挑戦した内容となっています。

参考文献:Fishburn, P. (1992). Signed orders and power set extensions. Journal of Economic Theory, 56, 1–19.

リンク:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022249623000366