情報通信学部

中谷 裕教

エキスパートの優れた
認知能力を理解する

研究概要

 コンピュータと脳はともに情報を処理するシステムですが、その特性は大きく異なります。コンピュータには簡単に出来て、私たちには出来ないことがたくさんあります。またその反対のこともたくさんあります。例えば、大量のデータをプログラムで指定された手順に従って逐次的にかつ素早く正確に処理することはコンピュータの得意とすることです。しかしコンピュータの原理上、その性能が現在の延長線上でいかに進歩しても、複雑な事柄を経験と知識を頼りに総合的に把握するといった直観的な情報処理はできません。脳における情報処理の特性を理解し、脳の特性に合わせた情報メディアの開発を行うために、直観に関わる脳のメカニズムについて研究しています。

 直観はまた、エキスパートの認知機能の特徴でもあります。例えばチェスのグランドマスターは、局面を一目見ただけで熟考することなく指し手を案出することができ、この直観的な判断の精度がチェスの強さの要因になっています。そこで本研究では日本の伝統文化の一つである将棋を題材にして、高段者の直観に関わる脳活動を脳機能イメージング法により調べています。

 様々な脳の部位の中でも特に小脳に着目しています。小脳の代表的な機能として運動の熟練が知られています。運動学習では最初、練習を通して制御対象である手足などの特性をコピーしたメンタルモデルが大脳皮質内に形成されます。メンタルモデルができると当初はそれを使って運動制御を行いますが、ある段階で小脳がメンタルモデルを学習し、小脳内に内部モデルが獲得されます。小脳での情報処理は無意識的で素早いため、運動のエキスパートは無意識的に素早く運動を行うことができます。

 運動の熟練と同様のメカニズムが認知機能の熟練にも当てはまるのではないかと考えています。例えば将棋の場合、将棋の指し手を考えるための知識や経験がメンタルモデルとして大脳皮質内に形成され、熟練とともに小脳に内部モデルが獲得されます。

 もしこの仮説が正しければ、現在のコンピュータには真似のできない直観のメカニズムを小脳の情報処理特性に基づいて説明することができ、認知科学や脳科学の分野において大きな発見となります。また、小脳の回路の構造は解剖学的に明らかになっていますので、脳の情報処理原理に学んだ脳型の情報処理システムの開発にもつながります。